肢体不自由校に勤めて2年目に突入した。今年も3年生を担当する事になった。
基本的に肢体不自由の学校は一人の生徒に対して一人の教員が担任をするスタイルだが今年は二人の担任を任される事になった。
二人ともとても素直な子で、「一人の子は少しでも歩けるように」「もう一人の子は一人で食べれるように」毎日この事ばっかり考えていた。
どこかに出かけている時、誰と会ってる時もずっとこの子たちの事を考えていた。
自分が関わるこの一年でほんの少しでも成長してほしい。
これを考えることが楽しくて楽しくて仕方なかった。
肢体不自由の生徒さんは基本的に車椅子やそれに変わる杖を使ったり手を繋いで歩いたりして移動している。そして足は靴ではなく装具を装着して骨の変形を補正したりしている。
当時友人から「たまに障害ある人電車とか街中で見かけるけどどうしたら良いかわからん」と言われて確かに普段関わる事がなかったらわからんないなと思いました。
皆さんもそういった経験があるかと思います。
でも全然怖くありません。普段見慣れてない分どうして良いかわからないと思いますが、皆さんがお年寄りの方に関わるように、困っていたならお互い助け合いましょう。
例えばお年寄りの方が困っていたら席を譲りますよね?
困っている顔をしていたら「どうしました?」
とみなさん声をかけようとすると思いますが
障害の方にも同じようにすれば良いと思います。
その助け合おうとする純粋な気持ちは必ず伝わると思います。
周りに人がいたら、あなたの勇気がさらに周りの人に勇気を与えて誰かが助けてくれると思います。
人は自分の知らない事や知らない物には恐怖心を感じる生き物と言われていますが、私もこの学校に赴任したとき初めは不安な気持ちになりました。だから初めはみんな同じですね。
すみません。少し話がそれました。笑
子供達の装具の話に戻りますね。
生徒の装具はもちろん装具専門の業者が保護者と教員と三者で話をして装具を作って、その子に合わせたオーダーメイドで作っていきます。
でも日にちが経てば、子供達は成長したり変化したりするので例えば1ヶ月前までは気にならなかった事が気になったりサイズが合わなくなったりしてきます。
でも装具も安いものではないので何度も何度も購入はできません。そのため教員の工夫でスポンジを入れて隙間をなくして見たり、木材で食事用の台を作ったりします。
それを考えて、作って、試して、改良して、成長すると言うのが目に見える形で私はとても好きでした。そして肢体不自由の生徒は健常者に比べて目に見える成長と言うのが比較的少ないというのも事実です。なので一つ一つの成長がとても貴重な事だとある保護者は言っていました。
私は少しでも目に見える成長の手助けになればと思って
◯丸ノコを使って不要のスニーカーを切断してサイズを伸ばして見たり
◯教室の外に手すりを作って見たり
◯特注のスプーンを窯業の先生と考えたり
◯傾斜のある机を作ったり
◯お茶専用テーブルを作ったり
いろんなことをしました、この中で何個かは生徒の愛用品になって一人でお茶が飲めるようになったり、一人で食事ができるようになったりしました。
庭にブランコを作ろうとしましたが、流石にそれはできませんでした。笑
素人が作ったブランコなんて今考えれば危なすぎますよね。
それは全て自分が変なものを作りたい願望ではなくて生徒が何か一つでも自分で出来ることを増やして欲しいと言う思いだけで取り組んでいました。
しかしある日事件が起きました。
歩く事に課題を置いている男の子がいましたがその子に対して
歩行器の改良して、より下肢に負担をかけて筋力のアップを狙っていました。するとその子が乗る歩行器が前のめりに転倒しました。
慌ててその子を抱きかかえると顔から転倒して手をつく事ができずに、前歯で上唇が切れて大量に出血していました。その子はびっくりした様子で自分に何が起こったかわかっていませんでしたが、抱きかかえていた私の服に大量に自分の血がついている事で状況に気づきました。
すぐに病院に行き口腔外科で数針縫って1週間ほどその子は休みました。
その子が休んでる間にも学校はいつも通りにすぎていく。
でも私は子供のために挑戦していろんなことを試すことが怖くなった。またもし怪我をしたら・・・
やっぱり挑戦するということはリスクもあるという事をここで知らされた。
リスクを怖がって小さくなる事で安全を求めるようになった。
その間何度か自宅に様子を見に行ったが、家に行くと私の方に近づいてきて私の手を取り自分のほっぺに当ててスリスリとさすらせる。
多分「慰めて欲しい(ヨシヨシ)」の意味と「大丈夫だよ」の意味と両方の感情が伝わってきました。その後保護者の方と話をしても「あの子自分が悪かったと思ってるみたいで、先生の事を悪いなんか一つも思ってないですよ」と言ってくれて、罪悪感が少しましになった。
そしてお母さんからも「今回こんな事があって最初はビックリしたけど、これからもうちの子をよろしくお願いします。」と言ってもらった。
その日を境にまた生徒の成長を促せられるように色々と挑戦できるようになった。
誰かのためを思って行動する。そしてそれに応えようとする。少なくとも今回この生徒は私の気持ちに応えようとしてくれている。
この子との発語でのやり取りは一回もなかったが、何度も気持ちや表情でやり取りができたと私は感じている。