海の家の兄ちゃん PART1

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2013年の7月29日から私は静岡の伊豆の海の家で働く事になった。

元々予定してたわけではなくて、3日くらい前
「海の家とかで一回は働いてみたいな」
と思ったわけですが理由は単純でその時にYOUTUBEで反町と竹野内の
ビーチ・ボーイズというドラマに完全に影響されていたからです。笑

それまで怪しいイメージしかなかった海の家ですが、
「もし変な事が起きたらその時は一つエピソード増えるわ」
と思って10件以上の海の家に電話しまくりました。

湘南や伊豆。関西には住み込みの海の家があまりネットでは出てこなかったので関東に絞って電話をかけまくった。
するとある電話で明らかに年老いている女性が出て来て、電話での雰囲気が良かったので「荷物準備して明後日からいけます。」と言うと「おいで」との事だったのですぐに新幹線に乗って初めて静岡を訪れた。

新幹線や特急、バスを乗り継いで6時間ほどかけて
海の家に着くとその日は雨で店は閉店していて老人のおばちゃんだけいた。

その人がママと呼ばれるここの店の主だった。

ちなみに店の雰囲気はこんな感じだった。

中はこんな感じ

http://www.hikkoshi-tatsujin.com/index2.php?id=moshimo

ママと少し話をして、寮までは少し歩くとの事で
ここに同じ歳のSが迎えに来てくれた。
Sは千葉に住む元不動産勤の男で会話は上手く店から寮まで途切れる事なくテクテクと歩いた。
寮の外観は普通の一軒家でここにはママは一切来ず、若いアルバイトの連中のみ。

まだ10人くらいしかアルバイトがいなかったが
その連中と早速缶ビールを一緒に飲んでこれから仲良くできそうな予感で始まった2013の夏の最初の1ページだった。

次の日から海の家の仕事内容を教えてもらったが、「デリ」「キッチン」のどちらかで私は「キッチン」だった。基本的にこの海の家に来る人の多くは1週間程度なので「デリ」と言って水着で海に出向きお酒や食べ物を売る仕事がメインだが、私は1ヶ月と少し長めなので「キッチン」でデリに向かう精鋭部隊を元気付けたり料理を作るのがメインだった。夜にはバー(BAR)にもなるためキッチンは夜も店にいる事もあった。

私はそれまで基本的にキッチンで料理を全くした事ないく出来るかなと思っていたが。そんな私でも簡単な仕事内容でした。
なので仕事は1日でわかったので、後はいかに楽しめるか。

まず初日の勤務が終わり仲良くなったSと他何人かと夕方の海に出向き水着になって夕日に沈む海を見に行った。
「後、1ヶ月後にはどんな心境なんやろー」
「運命的な出会いでもあるんかなー」

と期待に胸を膨らませて夕日を見たのを今でも覚えています。

それから代わる代わる色んな人がこの海の家にやってくる。16歳から30歳以上の人まで。
中にはこの環境に合わず夜逃げする人もいた。
読んで字のごとく朝になると荷物から姿から消えている事である。笑
特に初日に逃げる子が多くひどいときには5人ぐらい一気に逃げる事もあった。

なので残った人は家族のように仲良くなる。

寮には基本的に20〜30くらいの人が常時入れ替わりながらいてて歓迎会や送別会という名目で夜になると海に行き酒を飲みながら花火ををした。

1週間でも一緒にいると昔からの友達みたいになるので別れは辛かった。

誰かが帰るとなるとその時いけるメンバーが見送りをする。

これも誰かが言ったわけではなく決まった習慣になっていた。

そして1週間が経った頃、私は私用で一度関西に帰る事になっていたので一度関西に帰る。

経った1週間前にこの地に来たばっかりなのにもうすっかり溶け込んでいて新幹線に乗って帰る時に1週間前が遠い昔のように感じられたのだった。

続きはPART2で。