遅咲き「26歳にしてやっと初一人暮らし」人生編⑨

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無事職場の3年生を卒業で送り出すことができて、私には一つの感情が出てきた。

◯もっと色んな生徒と出会ってみたい

◯教師として新米の自分を少しでも高めたい。

◯もっと誰かの役に立ちたい。

そう思って教頭に直談判して他校への転勤を申し立てた。それと同時に違う学校の教頭が知り合いだったのでその人にこの思いを伝えると「うち来るか?」と言ってもらって両方の教頭が話をしてくれてスムーズに転勤の手続きが行われた。なので私の転勤は異例とも言える11月ごろには決まっていた。(基本的に教員は3月にならないとわからない。)

 

それと同時に今まで実家暮らしだったのをやめようと思った。海の家とか合宿免許などで家から出て生活することはあっても、自分で家賃を払って近所の付き合いをして世帯主として生きたことはなかった。でも男ならいずれは誰かを養い世帯主になる事が考えられる。だったらつべこべ言わずに実家を出ようと思った。

最初は金かかるしやめとことか思っていたけど、たかが数万円程度で自分が自立する力がつかないのは嫌だなと思って勇気を出して転勤する前から一人で住むことにした。

 

そして賃貸の契約をしたり住民票を移動させたり役所での手続きなどをしてやっと大人になった気がした。

 

今まで実家にいる時からお金は家に入れているし、たまに家事を手伝うしとか甘い事を考えていたけどやっぱり自分だけで住むとなると家の中に頼る人はいてない。自分の力で生きていかなければならない。私の場合はそれに気づくのが遅く26歳にしてやっと実家を出れた。

 

昔、高校生くらいにニュースなどで「26歳実家暮らし」とか出てたら「この人いつまで家おんねん」とか思っていたけど知らぬ間に自分もそうなってた‼︎笑
人は他人の事は冷静に見れるのに自分の事となると冷静に見れないんですね!笑

 

まず物件探しをしに行った。10件以上見に行ってこだわった条件は「駅近」。これだけは毎日の事だから譲れない。駅近で探すと意外と少なくてもちろん家賃もそんなに高いところは払えないので大阪の少し田舎の物件に決めた。ここを決めた理由はここのマンションに先輩が住んでいるところ。だから間取りとかマンションの住民などは大人な人が多くて夜になると静かと言う事を知っていた。そして私のこだわりである駅近もクリアしていた。

これから初めて一人暮らしをしようと思っている人がいるなら、自分の理想を100パーセント叶える物件は家賃が高額です。なかなか高額な家賃を払うことは難しいですよね。それなら譲れないこだわりを自分の中でランキングをつけてそれで決めていくと納得する家探しができると思います。

やっぱり他の人に納得させられて入居して、住み続けるのは自分なので毎日帰宅したくなるような家を見つけて下さいね。

 

 

 

このマンションを取り扱っている不動産に行き内覧をする前に「ここに決めたいんで」「ここ中身知ってるんで」と言ってここで契約することになった。

最初に敷金礼金や引越しの準備など50万くらいの出費をして(駅近などは敷金礼金が比較的高い。高くても入居する人がいるため)入居日に不動産に鍵をもらいに行った。その日は仕事帰りに不動産に寄った。金曜日で週末は休みの私は週末に引越しを控えていたが、自分の部屋の鍵をもらったことが嬉しくてその鍵を持って何もない新居に向かった。

 

鍵をがチャッと開ける時に「これからこうやって毎日帰ってくるんか」と思いながらゆっくり扉を開けた。見事何もない部屋で少し横になってみた。

「結構静かやなー」

「今日は寝て帰ろかなー」

「やっぱり布団ないのは辛いなー」

とか色々考えながら結局実家に帰った。

翌日引越しをした。私は今まで引越しのアルバイトをしていたこともあって自分で引越し作業をした。テレビと机とソファしかない部屋に職場の人たちが家に来てくれてお祝いをした。

 

そして始めは生活するのが一苦労だったが今となっては自分がこだわるところを思いっきりこだわれるので実家より快適である。笑

たまに実家に帰っても泊まることはない。私にとって家に帰るとは現住所の家になった。

 

そして春になり別れの季節がきた。転勤で次の学校に行く準備をするために職員室の机を空にしている時にこの2年間の事を色々振り返った。

 

始めは障害のある子たちを前にして何もできなかった。どうしていいかわからない自分が遠い昔に感じた。やっぱり子でもたちは大好きなんだと気づかせてくれた。

そして先生たちとも仲良くしてもらった。

毎月飲みに行ったり

プロ野球を観戦しに行ったり

ダーツしに行ったり

ソフトボール大会で準優勝したり

本当に楽しい思い出だった。

 

次の職場は今回と同じ支援学校(障害の子が通う学校)

今在籍している肢体不自由校という車椅子に乗る生徒が多い学校から、知的に障害があるが身体は元気な子たちの学校に決まった。

ここの学校に来れてベテランの先生に色々教えてもらって同世代の先生には昔からの友達のように仲良くしてもらって学校の先生って最高やなと思える時間でした。

 

ありがとう‼︎そしてさようなら‼︎