偏差値30代の高校時代 人生編①

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私はとある県の偏差値が34の高校に通っていて

県内でも偏差値ワースト2位という不名誉な学校を卒業しました。

そこには他校では考えられないような状況がありました。

私自身は中学までずっと野球をやっていたこともあり全く不良のかけらもなく至って普通な学生でした。

 

 

まず入学式当日に母と受付をすると、そこにいた怖そうな生徒指導の先生に

「君、髪茶色やな。ちょっと来い」と言われて母は入学式の会場の体育館に行き

私は職員室に連れていかれると、そこには職員室前でガヤガヤと50人くらいの茶髪の同じ歳の男女がそこにいました。

私はただ調子に乗って茶髪にしただけだったんですが、その中には生粋の人たちも結構いました。笑

その全員に黒彩スプレーを振るところからこの学校の入学式が始まったのです。

結果、入学式は1時間ほど遅れて開始されたのは今でも鮮明に覚えている。

そんな中、学校生活が始まったが素行不良などで退学になった奴や自主退学の奴などで、1年も経たないうちに280人いた同じ学年の生徒が100人以上辞めていた。

教室が日に日に広くなっていく。最終的には1クラス28人の7クラスで卒業だった。笑

授業の開始のチャイムの時には、先生が来て授業を始める準備をしてるのに

「化粧をしている奴」

「携帯電話を充電しながらイジってる奴」

「友達とジャレて走り回ってる奴」

「後ろのロッカーで寝てる奴」

と言った状況で先生たちもとても大変だったと思う。

 

ある日(道徳)の授業があり

先生が「この中で片親の奴手あげてみ。」

と言うと半分以上の奴が手を挙げていて

その中には「お父さん刑◯所」や「オヤジどこ行ったかわからん」など言ってる奴もいた。

 

基本的には帰宅部が多くてアルバイトをしている奴が多い。

その中には自分で学費稼いでる奴もいたり

ただバイクを改造するためにアルバイトしている奴もいた。

 

要は今まで私が生活している中であまり出会った事のない奴たちがそこには多くいた。

それまでの私はひたすら野球しかした事がなかったので、そうゆう環境が新鮮でとても楽しかった。

 

 

そんな学校に通っていた私が1年後1人でセンター試験を受けに行ってるなどこの時の自分は想像も出来なかっただろう。